ユージュアルを巻く

ドライフライ-dry flies-

タイイング動画はこちら→ https://www.youtube.com/watch?v=ymxca5l1DYo

出会い

「まずは、バイスだ。それから細かいツールを揃えよう…次はマテリアルだけど、ハックルは高いから後回しだな…」
はじめたばかりのフライフィッシング入門書をベッドに寝転んで眺めながら、毎日のようにそんな事を考えて過ごしていた頃。思春期ど真ん中だった頃。

当時、バイスもタイイングツールもマテリアルも、お小遣いを使って月に1〜2個揃えるのが精一杯。加えて、隔月で発売されるフライ雑誌も購読。
「フライってのは金のかかる趣味だぜ…」なんてわかったようなことを言ってみたりしていた。

初めて買ったフライ雑誌は、今となっては懐かしいFly Rodders。
その中で紹介されていたのが、言わずと知れたFrancis Bettersの名鉤、
ユージュアル。

一瞬で心を奪われてしまった。ファジー系フライとの初めての出会い…って感じ。

僕は、今も昔もキャッツキル系ドライフライなどのスタンダードフライが大好き。
それとは明らかに系統が違うファジー系ドライフライが何故あんなにも魅力的に思えたのか不思議でならない。
ただ、今でもファジー系フライが大好きなのは、少なからずこのユージュアルの影響があるのだと思う。
何度も何度も同じページを開き、この鉤を巻く日を妄想していた。

大人の階段

ようやくツールやマテリアルも少しずつ揃いだし、不格好なCDCダンやエルクヘアカディスを巻くのにも飽きてきた頃。急に思い立ってチャリにまたがり釣具屋へ。
「よし、次に巻くのはユージュアルだ。」

当時、僕が通っていた釣具屋さんは、アメリカ屋漁具(現:アゼム)というお店。
淡水から海まで、フナ釣りから船釣りまで、幅広い商品を取り扱っていた大型店だ。
しかし、ここにスノーシューラビット・フットは売っていない。
その事はずっと前からわかっていて、お店に来るたびになんとな〜く探してはいたけれど、毎回「やっぱ無いか…」を繰り返していた。
こうなると、あのお店にいくしかない…。

そう、テムズ

札幌在住のフライフィッシャーであれば知らない人はいない老舗。
とても良いお店。
ただ、当時の僕にはなんだかと〜〜〜ってもハードルが高く感じた。

店内は高級品だらけで、こんなガキは門前払いされるのではないか、
店長がこだわり強めのめっちゃ気難しいおっさんなのではないか、
…そしてたぶんヒゲだ。

等々の妄想が脳内を駆け巡り勝手に怖気づき、なかなか入店できない日々。
チャリでテムズの前を通っては、「俺にはまだ早いぜ…」とかワケのわからん事を思いながらアメリカ屋漁具へ向かう日々。

しかし、今日ばかりはテムズの扉をくぐらなくてはいけないのだ。
全てはスノーシューラビット・フットのため。ユージュアルのため。
店の前にそっとチャリをとめ、周囲の様子を伺う。
入口へ続く階段を昇るのになんだかものすごく緊張して、数段昇っては降り、近くを人が通ったら隠れ…その繰り返し。おまわりさんのお世話になってもおかしくないくらい完全に挙動不審。

一体何分こんなことをしているんだ…。
さすがにバカバカしくなり一気に階段を駆け上がり、意を決して扉に手をかけ店内へ。

緊張した階段。今となっては夢の階段。

そこは夢の国だった…

大型店ではなかなかお目にかかれないマテリアルの数々。専門店ならではといった感じ。

タイイングデスクにはフィニッシュ前のフライがバイスに挟まれ、その正面に設置されたブラウン管テレビにはオドリバエのライズ攻略の映像が流されていた。
店長も想像していた気難しいおっさんではなかった。ヒゲでもなかった。というか、性別からして違った

なんだか今まで物怖じしていたのが急にバカらしく思えて、店じゅうを隅から隅まで見て回った。
そして、やはりあったスノーシューラビット・フット。
余計なものは買うまいと、急いで会計を済ませた。

手に入れたばかりの戦利品をチャリのカゴにポイと入れて、ワクワクを抑えきれないまま大急ぎで帰宅。
「これでユージュアルが巻ける!」すぐさまバイスに向かわなくては。
店から家までずっと立ちこぎで帰った。

いざ、タイイング

かくして、ちょっぴりオトナになって帰宅したワタクシ。
フックをバイスに挟み、スノーシューラビットフットを開封!

なんかクサイ

微かではあるものの、独特の生臭さが漂うマテリアル。
だがしかし、そんなことは関係ないのだ。
あの日あの時あの雑誌で見た瞬間から焦がれたユージュアル。
今日は思う存分巻かせてもらうぜ!

しかし、いざ巻き始めるとあっけなかった。
シンプルなパターン故、当然といえば当然だが巻き始めればあっという間。
短時間でフライボックスの1区画がいっぱいになるくらいの量が巻けた。
「よし、次の釣行はこいつを使い倒すぞ!」
とはいえ、当然父の仕事が休みになるまでは釣りにはいけない。さすがにチャリだけでは限界があるのだ…

実釣

さて、ようやく迎えた日曜日。向かったのはニセコ方面。
今ではすっかりインバウンド誘致のイメージのある町。
札幌市民であれば「小学校の修学旅行でお世話になる町」というイメージを持つ方も多いはず。

畑の近くを流れる小さな川。畑の横のお地蔵様に供えられた花がいつも枯れずにキレイにされているのは、頻繁に人が出入りしている証拠。少し安心感のある通い慣れた川だ。

この日最初に結ぶのは、もちろんユージュアル。
フロータントを効かせたユージュアルは視認性抜群。そんなもじゃもじゃ毛鉤にポンポンと面白いようにヤマメが出る。
「おお〜〜スゲェじゃんユージュアル。」
サイズこそ出なかったが、ユージュアルの威力を体感できた。
こんなに釣れて、使い勝手が良いフライがワンマテリアルで巻けるなんて…もはやチート…!

そして、しばらく釣り上がっていくうちにあることに気付く…
それは、僕のズボラな性格から、少し浮力が落ちてきたフライにフロータントを使用せず、強めのフォルスキャストで水気を切って釣っていた時のこと。
少し沈みかけた、というよりほぼ水面直下といった感じのユージュアルにも魚は好反応だったのだ。
「ってことはまさか…」
そう思い、おもむろにベストのポケットからテープ式のインジケーターを取り出しティペットへ貼り付ける。さらにショットも噛ませ、アウトリガースタイルで釣ってみると…

普通に釣れちゃうじゃん…!

エルクヘアカディス同様、浮かべてヨシ、沈めてヨシのパターン…これはいよいよ本当にチート毛鉤だ。
こういったフライパターンは、万能すぎてちょっと使いたくなくなる天邪鬼なガキだった僕だが、このパターンに関しては見た目や名前がなんだか好きで、ずっとフライボックスの一軍に鎮座している。


月日は流れ、いい歳のおっさんになったわけだが、今でもユージュアルを眺めると、あの時のドキドキやトキメキがよみがえる。

「ヒットフライ?ああ、いつもの(the usual)さ。」

いつか僕もこんなセリフが似合う年季の入ったおっさんフライフィッシャーになりたいものだ。

まずは、ヒゲを生やそう。

イブニング。ユージュアルをくわえたニジマス。
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